このような形で「あとちの会」を立ち上げ、世田谷区の方の参加を頂いて新しい出発が出来るように努力した方々に非常に感謝します。
私自身、世田谷区の住民として、都市計画の一専門家として、下北沢という世界的にも有名な独特な街のあり方に非常に関心があり、先般の道路計画や地区計画の決定にも意見を言いました。また、日本を代表するような都市計画の学者や専門家の方々も非常に高い関心を寄せていることが分かり、明治大学の小林正美さんを代表とする「下北沢フォーラム」のお手伝いをして、東京大学、東京工業大学、早稲田大学、慶応大学を始めとする多くの大学の、日本を代表するような著名な都市計画の専門家の先生方20人と一緒に意見を述べてきました。
残念ながら、私たちの意見が取り上げられることなく事態は推移し、小田急の地下化の工事が始まっています。しかし、下北沢という街のあり方や道路のあり方についての多くの問題が残されているにせよ、線路の地下化自体、踏み切りの解消自体は非常に喜ばしいことで、その工事がつつがなく順調に終わることは皆が等しく待ち望んでいることだと思っています。
そして、そこに突如として、幅30メートル、長さ2.2キロに及ぶ地上の空地が出現するのです。これは今までの道路計画や地区計画の議論の中で、区の側からも反対派の人たちからも等しく言われてきた、地域の防災上からの得がたい避難路が実現されることにもなりえるし、住民の方々が言い続けてきた、自動車や自転車でのアクセスの改良にも大きく貢献するでしょう。しかし、今までの跡地の利用計画を見る限り、高架下でもないこの跡地の、これだけ豊かな空間資源が上手く利用できていると言えるでしょうか。
幸い、専門家のサポートがある「あとちの会」ができ、区も他の住民の団体と一緒に、この会からの意見にも耳を傾けるという姿勢をとって頂いたので、今回のような会合が持てたのは、非常に嬉しい展開で、この会合を大事にしていきたいと思います。
何故、大事にしなければいけないか。第一に、人の生活の立場から考える、まともな都市計画の実現のためには、区や都といった行政の側と住民、区民の間に対立の構造があってはならない。この場は、両者の間を橋渡しできる、貴重な場になりうると思うからです。
何故、対立の構造では駄目なのか、区や都は神様のように、区民や住民が要求をぶつければそれを汲み取って優れた解決法を生み出してくれる存在では無いからです。縦割りの行政組織の束にしか過ぎません。区や都は、下北沢という街を、そこで生活し、そこを訪れ、そこで営業する人々の立場を全体として纏めて、優れた街の空間を生み出すという組織では無いのです。また、対立する政治的な構造を中に潜めた自治体ですから、政治的な解決は、結局、党派的な力による解決になってしまう。しかし、豊かな良い街を創り維持するための都市計画は、このような党派的な超えたものでなければ成功しません。
行政の縦割りと政治的な党派的な対立を超えた市民的な場を用意し、そこでの意思決定が、全体としての政治的な意思決定になった上で、縦割りの行政がその意志に従って動いてく構造を作らない限り、利権や政治的な思惑に支配される政治的な意志によって動くか、縦割り行政の中にある、生活や全体を無視した特定の組織の意志によって動くかのどちらかになってしまうからです。
美しく豊かな空間を備えた一つの街づくりのプロジェクトを完成させ、それを長い間上手く管理し維持再生していくためには、このような難しい意思決定の過程の中で、勝者と敗者をつくってはいけません。誰もが少しずつ譲り合いながらも、満足する、ウイン・ウイン・シチュエーション(皆が勝ち組状態)を作っていかなければいけないのです。この場はそんな状況を作り出せるプラットフォーム(舞台)になれる可能性があります。
第二に、今の日本の都市計画の行政は、文化とか福祉とか人々の日々の営みとかをトータルに反映できるような制度にはなっていないのです。だから、特に下北沢のような、特別な文化を持った街を維持,繁栄させるような包括的な観点からの政策を、行政自体では生み出せないのです。どうしても、住民、営業者、区民、専門家などとの意見交換を通じ、それを取りまとめて優れた都市空間に結び付けられる専門家の協力を得ながら、行政組織が動いていくという場を用意しておく必要があるのです。「あとちの会」という場は、その機能を果たせるかも知れないと思うからです。
民主主義の社会ですから、最後は正当な手続きで行政主体が意思決定をすることが不可欠なのは言うまでもありません。しかし、そこにいたる過程については、上に述べたような対立の構造を超えた場が必要なのにそれがない。でも「あとちの会」にはその場になる可能性があると思っています。
具体的な例として、パリの鉄道の廃線敷きの再生を見てみましょう。パリ市の東側、リヨン駅からバンサンヌの森までの4.5キロに及ぶ鉄道高架橋廃線敷きが見事に再生されつつあります。高架橋の上を長い緑道にして、人々の憩いの場、緑の回廊が出来ているだけではありません。再生されるまでは、荒れた廃線になった高架橋のお陰で、どちらかといえばあまり環境がよくなかった住宅地が良い住宅地に生まれ変わりつつあります。もちろん、緑道の影響も大きいのですが、それだけでなく、パリ市は、高架の下に、職人や芸術家が集まる工房を集結させて、独特の街を創り出すという戦略をたて見事に実現してしまったのです。さらに、秋葉原的な電気屋さんを入れたために、周辺がミニ秋葉原化するというおまけまで発生しています。
下北沢は、劇場やライブハウスが多い若者の街ですが、この街に厚みを加え、この近くに住む人にとってもっと暮らしやすくなる仕掛けをどう拵えるのか、パリと同じようなことを考えることが出来る空間資源が生み出されるのです。
ブラジルのクリチバという大都市の街づくりに成功した世界的に有名なジャイメ・レルネルという元市長が下北沢を訪れました。小田急の地下化の話を聞いただけで、胸を躍らせ、この跡地を文化的な核にするような絵を自ら描いて、下北沢フォーラムに送ってきています。ここには想像を絶する機会があるはずなのですが、残念ながら、今の行政組織の中にはこのような夢を育む構造がありません。「あとちの会」はその機会を生かせる鍵になるかも知れません。
是非、この会を育て上げ、上に述べたようなことが出来る場にして下さい。対立を超えて夢の実現に、及ばずながら一専門家として、また多くの秀でた専門家と共に協力を惜しまないことをお約束します。